最高裁判所第三小法廷 平成10年(オ)71号 判決 1999年11月30日
上告人
森上公彦
右訴訟代理人弁護士
村田浩
被上告人
株式会社御宿ゴルフ倶楽部
右代表者代表取締役
加藤茂
右訴訟代理人弁護士
阪口公一
同
小林弘明
同
加藤興平
主文
原判決を破棄する。
本件を東京高等裁判所に差し戻す。
理由
上告代理人村田浩の上告理由について
一 原審の確定した事実関係の概要は、次のとおりである。
1 被上告人は、平成元年五月ころ、千葉県夷隅郡御宿町に「御宿ゴルフ場」(以下「本件ゴルフ場」という。)を建設する計画を策定した。被上告人は、本件ゴルフ場の建設費用を約二三六億円と想定していたが、そのうちの約三五億円は土地の取得費用、約七〇億円はゴルフコースの工事費用は、約九〇億円はクラブハウス等の設備の工事費用であった。
2 被上告人は、平成二年八月ころ、本件ゴルフ場の会員の募集を開始した。上告人は、同年九月二八日、被上告人との間で、本件ゴルフ場の正会員となる本件入会契約を締結し、同日、入会金二五〇万円、預託金二二五〇万円及び消費税七万五〇〇〇円を被上告人に支払った。
3 被上告人が本件ゴルフ場の会員の募集のために作成したパンフレットには、「クラブハウス及びホテル概要」欄に、建築規模(地上四階地下一階等)のほか、附帯施設<ホテル>として、「客室、レストラン(和食・洋食各一)、メインバー、コーヒーショップ、メンバーズサロン、コンベンションホール、室内外プール、アスレチックジム、マージャンルーム」の記載があり、クラブハウス及びホテルの平面図が掲載されていた。そして、右パンフレットにおいては、「南欧の高級リゾートを思わせる瀟洒な外観とゆったりとした客室。本物のクラブライフを知るゴルファーのための最高のホスピタリティーがここにある。」との見出しの下に、本件ゴルフ場の特徴として、四八の客室のすべてが一八坪以上のロイヤルツインルームになっている高級ホテルが併設され、本件ゴルフ場において快適なリゾートライフを体験できることが強調されていた。また、本件ゴルフ場の会則には、会員がゴルフコース及びこれに附帯する諸施設を利用する権利を有する旨の定めがある。
4 被上告人は、資金調達の都合から、予定を変更してクラブハウスやホテルの建設工事を第一期分と第二期分とに分けて行うことにし、第一期分として一一の客室を備えたクラブハウスを建設し、第二期分として本格的ホテル、室内プールその他の施設を建設することにしたが、上告人が本件入会契約を解除する旨の意思表示をした平成七年一月二〇日の時点では、本件ゴルフ場はいまだオープンしていなかった。被上告人は、第一期分の工事を完成させた上で同年四月二六日に本件ゴルフ場をオープンさせたが、第二期分の工事については、基礎部分が施工されたのみで、工事を続行するための具体的計画は立てられていない。
二 本件は、上告人が、被上告人の債務不履行を理由に本件入会契約を解除したとして、被上告人に支払った入会金二五〇万円、預託金二二五〇万円及び消費税七万五〇〇〇円の返還を求める事案であり、上告人は、高級ホテル、室内外プール、アスレチックジム等の附帯施設を設置して会員の利用に供する債務を被上告人が履行しなかったことを本件入会契約の解除事由として主張している。
原審は、前記の事実関係の下において、次のとおり判示して、上告人の請求を棄却した。すなわち、(一) 預託金会員制のゴルフクラブの会員の本質的な権利は預託金返還請求権とゴルフ場の施設利用権であり、右の施設利用権とは一般の利用者に比べて有利な条件で継続的にゴルフプレーを行うために当該ゴルフ場の施設を利用する権利をいうと解されるから、ゴルフプレーを行うことと直接の関係のない施設を提供することは、ゴルフクラブの入会契約の要素たる債務とはなり得ないと解すべきである。(二) したがって、ゴルフプレーを行う本質的な権利が会員に保障されている場合には、特段の事情がない限り、ゴルフプレーを行う上で必要不可欠ではない施設の内容の変更や完成の遅延等を理由に会員が入会契約を解除することは許されないと解するのが相当である。(三) 被上告人は、ゴルフコースのほか、クラブハウスを完成させ、その中に一定の格式を有した客室やレストランを確保しており、右のクラブハウスはホテルの代替施設としての役割を果たしていると認められ、本件ゴルフ場は会員のゴルフプレーのために必要な施設を一応備えているというべきであるから、本件附帯施設が整備されていないことを理由に上告人が本件入会契約を解除することは許されない。
三 しかしながら、原審の右判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
1 原審の認定したところによれば、被上告人が会員の募集のために作成したパンフレットには、本件ゴルフ場に高級ホテルが建設されることが強調されていたというのであるから、上告人が、被上告人との本件ゴルフ場の入会契約を締結するに当たり、右のパンフレットの記載を重視した可能性は十分あるものと解される。また、前記事実関係によれば、本件ゴルフ場の入会金及び預託金の額は前記パンフレットに記載された本件ゴルフ場の特徴に相応して高額になっていたが、実際に被上告人によって提供された施設はその規模や構造等において右のパンフレットの記載には到底及ばず、このために上告人が本件入会契約を締結した目的を達成できない可能性のあることがうかがわれる。これらの事実は、被上告人において前記パンフレットに記載されたホテル等の施設を設置して会員の利用に供することが本件入会契約上の債務の重要な部分を構成するか否かを判断するに当たって考慮される必要のある事実である。
2 そうすると、右の事実の存否等についての審理を尽くさず、ゴルフプレーを行うために必要不可欠ではない施設の完成の遅延を理由に会員が入会契約を解除することは許されないとの見解に立って上告人の請求を棄却した原審の判断には、法令の解釈適用を誤った違法があり、右違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。この趣旨をいう論旨は理由があり、その余の論旨について判断するまでもなく、原判決は破棄を免れない。そこで、前記パンフレットに記載されたホテル等の施設を設置して上告人らの利用に供することが本件入会契約上の債務の重要な部分を構成するか否かなどについて更に審理を尽くさせるため、本件を原審に差し戻すこととする。
よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官元原利文 裁判官千種秀夫 裁判官金谷利廣 裁判官奥田昌道)
上告代理人村田浩の上告理由
原判決には次の通り判決に影響を及ぼすことの明白な重大な事実誤認及び法令の違背がある。
第一 序論
原審関与裁判官は、実社会の真相を知らず又は少なくとも探り出そうとする努力をせず、司法に対する信頼を根こそぎ失わせるような判断を下した。原判決の判断が罹り通るものとすれば、入会勧誘パンフレットに、勧誘するゴルフ場がゆったりくつろげるリゾートであって、ゴルフ以外にも楽しめる諸施設(室内外プール、ジャグジー、アスレチックジム)を完備し、レストラン、ホテルのととのった総合施設であることを謳い文句として宣伝し、会員数は正会員一二〇〇名に限定され、格調高いゴルフ場であることをもって会員募集をしておきながら、クラブハウス(これとても大巾に設計が縮少変更されている)以外の諸施設すべての建設を中止し、正会員二分割、特別会員、土曜プレー可の平日会員の新設など、入会契約の内容をなす当初の会則からは予測出来ない暴挙を平然となした悪徳、欺瞞商法を公然と許す結果となる。
こんなことを許すようでは、我が国のゴルフ場において、これに追随する悪徳ゴルフ場経営者がはびこり、司法に対する信頼を根底から破壊するであろう。
要するに、原判決は、本件の真相を見抜いていない。控訴人の欺瞞的主張にまどわされ、その虚構性を見抜けていない。
最高裁判所が原判決の誤りを正し、司法に対する国民の信頼の回復を計ることを祈るのみである。
御庁に係属中の本件と同種、同型、同様の事件、事件番号平成九年(オ)第一二三六号(上告人は本件被上告人であり、被上告人は、株式会社太陽保険事務所である。その東京高等裁判所判決において株式会社太陽保険事務所が逆転勝訴し、本件被上告人が御庁に対し上告した事件)における原審東京高等裁判所民事第三部の判決(甲第四三号証)こそ、真に司法に対する信頼を回復したと評価しうる判決である。
御庁におかれては、本件及び右別事件のいずれについても法の正義を実現しなければ国民はますます司法から乖離していくであろう。
第二 「附帯施設の未整備」に関する原判決の判断の誤り
一 本件ゴルフ場は東京中心部から約一五〇キロメートル、車で約二時間半かかる御宿の地に位置している。原判決も本件ゴルフ場が遠隔地リゾートゴルフ場であることはこれを認定している。
被上告人は、募集に際し、上告人に交付したパンフレット(甲第三四号証)に、クラブハウスの外にホテルをもうけ、ホテルには、室内外プール、アスレチックジム、ジャグジー、三つのレストランを備え、ホテルは客室四八室を有し、客室はすべて一八坪以上のロイヤルツインルームであり、長期滞在型リゾートゴルフ場であることを謳い文句として記載し、会員を募集したことも原判決は認定している。上告人がこれらの謳い文句に乗せられて入会契約をしたことも一応認めている。
二 ところが、原判決は、「クラブハウス、浴場やレストラン、あるいは当該ゴルフ場を利用するために宿泊施設が必要な会員のための一定の宿泊施設などといった、会員がゴルフプレーを行うに必要不可欠な施設を除くその余の附帯施設は、一般的には、ゴルフプレーを行うことと直接の関係があるとは認め難いから、これらのその余の附帯施設の提供は、本件入会契約の要素たる債務とはいえないというべきである。」と述べて、被上告人が、パンフレットに謳い文句として記載したホテルその他の諸施設の設置は、入会契約の要素たる債務ではないから、その「内容の変更」や「完成の遅延等」をもって入会契約を解除することは許されないという暴論を述べている。
(一) 原判決は、本件事実関係の認識の点において、根本的な誤りを犯している。
まず、原判決は、「その余の附帯施設についての内容の変更」と片付けている。本件において、被上告人はゴルフ場と設計変更され縮少された後のクラブハウスを完成させたのみで、他の諸施設は、度重なる一方的設計変更の結果、完全にその完成を取り止めたのである。右の諸施設は、被上告人が入会時パンフレットに謳い文句として記載した目玉であり、それらの施設の取り止めは、単に「内容の変更」として片付けられるものではない。上告人は、それら諸施設があるからこそ入会したのである。
次に原判決は「その余の附帯施設についての(中略)完成の遅延」という表現をつかっている。しかし、被上告人は、ホテルその他の、入会契約において被上告人が完成を約した諸施設について、具体的に資金調達を行っていることもなく、工事計画もないことは、被上告人が認めている通りであって、これは、単に完成の遅延という範囲ではなく、もはや完全に、その完成を放棄したものというべきである。原判決は被上告人の欺瞞的主張の欺瞞性を見抜いていない。
ゴルフ場である以上、コースの外にクラブハウスがあり、クラブハウス内にレストラン、浴場等が設置されるのは最低限の要請であり、それらが完成していることは被上告人の当然の義務の遂行である。上告人は、クラブハウス以外に、本件ゴルフ場のリゾート性から、長期滞在にも適するよう客室数四八室のホテル、ホテル内に三つのレストラン、室内外プール、ジャグジー、アスレチック等が設置されるというからこそ二五〇〇万円(これは単にゴルフをするためにのみ入会する金額としては当時としても高すぎる。)もの巨額を払って入会したのである。単にゴルフができるだけであるならば、二五〇〇万円もの大金を払って本件ゴルフ場に入会する筈もない。当時二五〇〇万円払えば、東京都心から近いところにある格の高いゴルフ場に入会できた。
(二) 最高裁判所の判例(甲第三七号証)を参照して頂きたい。この判例の精神こそ、原判決がその範とすべきであったものである。原判決の判断には右最高裁判所の判例に違反する重大な誤りがある。
三 原判決は、「ゴルフプレーを行うに際し隣接するホテルでの宿泊の必要性が特に高く、ゴルフ場とホテル等の建設が一体をなすものとは認め難いとし、被上告人がクラブハウス内に客室一一室を作り四二名宿泊可能であり、現状においてはホテルの代替施設として機能している」から「本件附帯施設」の未整備を理由として入会契約を解除できないとしている。これまた、とんでもない暴論である。
(一) 本件ゴルフ場がリゾート性を強調し、ゴルフ以外のリゾートライフを享受できることがホテル施設その他の設備の完備とともに、入会勧誘の謳い文句にされ、入会契約の内容をなすことは原判決も認めているところである。被上告人はこのように、四八室の客室、客室はすべて一八坪以上のロイヤルツインルーム、四階にはロイヤルスイートルーム二室を有するホテル、室内外プール、ジャクジー、アスレチックジムの諸施設を作ることを謳い文句として、当時としては、きわめて高額の金員の支払をうけ、上告人を入会させたのである。被上告人本人が入会契約においてその完成を約束した施設の殆どすべてを作らなくとも、義務違反にならないなどという原判決の下した結論が社会に罷り通るようでは日本の法治主義も終りである。
(二) クラブハウスの設計も、入会契約において被上告人が約したところからは大巾に変更されている。クラブハウスは、三階は客室スペースとされ、客室はすべて一八坪以上のロイヤルツインルームであり、四階にはロイヤルスイートルームが二室設けられることが謳われていた。その客室数も設計図によればホテルと同一と見られる。これが大巾に縮少変更された。その点をさしおくとしても、クラブハウス内に作られた一一室の宿泊室がホテルの代替施設として機能しているから、被上告人に義務違反はないなどということが一体許されるか。リゾートにあるゴルフ場として売り込み、謳い文句にホテル等の施設を完成させることを謳った被上告人の義務違反が、右のようにクラブハウス内に宿泊室を設置したからという理由で免責されるのか。
こんな論法が罷り通るようでは、国民はもはや司法を信用しなくなるであろう。
四 原判決は、「控訴人が附帯施設の建設計画を大幅に変更せざるをえなかった理由についてはやむをえない面もある」とのべ、あたかもバブル経済の崩壊が被上告人の義務不履行の免責理由となるような判断をしている。
(一) まず、バブル経済の崩壊による経営環境の悪化が、被上告人の入会契約上の義務不履行を免責させる理由にならないことは、日本における多くの事象がこれを証明している。同様の下級審判例も少なくない(甲第三五号証の第三の判断の二の2参照。また、本件の第一審判決も参照されたい。)。
バブル経済の継続を前提とした会員募集や、資金計画がバブル経済の崩壊によって、危胎に瀕したことがあるとしても、被上告人は不可抗力として免責されないのである。
(二) 被上告人は一口二五〇〇万円の特別縁故入会者三〇〇名、一口三三〇〇万円の縁故会員二〇〇名計一四一億円を取得している。これに自己資金四〇億円、当初借入金三〇億円を合算すれば二一一億円となる。借入れが一三億円に減額したとしても一九四億円である。
これはホテル等を含めた本件ゴルフ場建設に十分であると考えられるが、被上告人は資金不足が生じそのため計画変更、コース完成遅延を生じたと主張する。
しかし、上告人の要求により被上告人の提出した平成二年度(平成元年六月一日から平成二年五月三一日迄)乃至六年度(平成五年六月一日から平成六年五月三一日迄)の貸借対照表のうち、平成六年度のそれによると、被上告人には三〇億円という巨額の未収入金、及び四九億五千万円という巨額の貸付金債権がある。未収入金と貸付金を合計すれば金七九億五千万円という巨額となる。これらは、ゴルフ場及び施設建設に充てられず、他に流用されたことが明白である。上告人の要求にかかわらず、被上告人はこの使途を明らかにするための明細書を開示しない。被上告人は自らの米国子会社への貸付や被上告人代表者自身の不明朗出費を隠蔽するため開示することを拒否したのである。
原判決はこれらの事情を全く顧みず、ホテル等の施設の建設中止を免責している。許し難い暴論である。
五 原判決は「第二期分工事の着工時期は不明であるものの、計画自体を中止したわけではないことをも併せ考慮すると」と述べ、あたかも被上告人がまだ、ホテルやプール、ジャグジー、アスレチックジムの建設を放棄したわけではないと判断している。
(一) 高等裁判所の裁判官がこんなに見えすいた被上告人の欺瞞的主張にだまされるとは一体どうしたことか。原判決は、第一期工事と第二期工事とにわけ、ホテルやプールは第二期工事として行う計画を現に有しているという被上告人の主張をそのまま鵜のみにして結論を出している。しかし原判決も認めている通り、被上告人のいう第二期工事なるものについては、資金調達計画もなく、資金の目途もたたず、具体的工事計画もないのであって、これは入会契約に謳ったホテル、プールその他の施設完成を完全に放棄したものと断言することができる。原判決は、それにもかかわらず、被上告人はホテル等の計画自体を中止したわけではない、などとして被上告人の立場を擁護している。こんなばかげた結論が下されてよい筈がない。完成義務の放棄でなく、遅延であるとしたら、その遅延の程度は著しく大きい。そこで上告人は平成八年一二月四日の準備書面(三)において当日現在におけるホテルその他の諸施設の完成義務遅延を理由に入会契約を解除している。原判決はこの点に一顧をも与えていない。
(二) 原判決は、なお「第二期分の本格的ホテルや室内外プールその他の附帯施設については、基礎部分が施工されているのみであって、」とのべ、あたかもホテル、プールについては基礎部分が施工されていると認定している。これは被上告人の主張を軽々に鵜のみした結果であって正しくない。
ホテル棟の地下一階部分については、佐藤工業が、地下一階部分にコンクリートを打ち終わった段階で、被上告人が工事変更を求めたため、佐藤工業においては、そのまま放置できず、ホテル等の地下一階及びその天井(即ち一階の床面積にあたる部分)までコンクリートを打ち、その状態で工事を中止したものである。原判決のいう室内外プールの基礎などどこにも形成されていない。原判決は、弁論のどこにも存在しない事実を認定するという重大な誤りを犯している。
第三、第四<省略>